フラワーEXPRESS

花や花き産業をテーマにした独り言&辛口コメント
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園芸消費の現状

農水省が昨年12月に花きの現状について発表している。

内容の殆どは花き分野での生産や販売で大きな比重を占める「切り花」についてだが、一部統計
に鉢花や苗ものにおける数値が載っている。
それによれば産出割合は切り花60%、鉢物30%、苗もの10%になっている。
苗ものの産出額は321億円で、統計の取り方に違いがあるので参考までの判断でしかないが、単
純にピーク時の生産額と比較すると約500億円ほどのマイナスになっている。
これは生産量が減少して産出額が減ったとは言えず、あくまでも単価の下落が大きいはずである。
良くも悪くもブームだった頃の高単価では売れないし、市場での販売競争と相まって下落してきた。
従って当時のようなポット単価で定番改良種の苗ものが売れるようなことはないだろう。
ある意味では需給のバランスを考えると適正な価格に落ち着いたとも言える。
そう考えると花壇苗生産のノウハウで実践されてきた生産側からの効率生産システムは破綻して
いることがわかるはずである。
要するに「如何にハウスの回転率をよくするか」といったことは、今の時代には通用しない。
勿論生産効率のロスは改善しなければいけないが、販売量を増やすためだけの回転効率は苗もの
の単価下落を招くだけということだ。
それに対しての対応策がメーカー苗や一部の生産者が取り入れているプラグ導入で付加価値をつ
けて販売する方法であり、それによって高単価による利益確保と注文期待を目論んでいる。
但し、これも購買市場が活況を呈しているときは有効に働くが、業界全体が落ち込んでいるときに
は単発の打ち上げ花火程度の効果しか望めない。
多くの生産者がそれに手を染めると市場価格の下落も考えられるからリスクも大きい。
市場が継続して拡大している状況ではない現実は、市場回復しない限り何をやっても効果は薄い。
業界の閉塞感というのはこういうことである。
ただこれは業界全体のマクロの話であり、個別には独自の対応策を生産者も販売店も考えていく
必要があり、中には順調に売上や販売数量を伸ばしている生産者・販売店もあるだろう。
しかし小さくなっていくパイを奪い合って競争をするようでは、いずれ業績の良い生産者や販売店
も頭打ちになっていく。
どうしても考えなくてはいけないのは、業界全体の底上げを図ることしかないのである。

こうしたことを踏まえて消費前線を考えてみる。
国内需要は年々減少を続け無購買層や低購買層が多い。
さらに資材や原油高騰からコストが上がり、単価は底辺をさまよっている感じである。
景気低迷や価値観の多様化で花への関心が薄れ、特に若い人の花への関心が感じられない。
将来需要を左右する若い人の関心が薄いと言うことは、これから先の需要も期待出来ないことを
意味している。
本来最も身近な自然や生命という観点から考えても、もっと需要喚起のための対策や顧客提案
が必要になってくることは、こういったことからでも簡単に想像できる。
それに対して供給側は今まで何をしてきたのか?
市場を殆ど無視した供給側の論理を主体にして、そこには顧客目線もなければ生活に花を取り入
れて貰う為の提案やオリジナルな発想で利用に繋げるような情報も流してこなかった。
毎年生産者は同じ花苗を一生懸命生産し、販売店はただ季節毎に出回る花を店頭に並べている
だけで、購入して貰う為の創意も工夫もない。
これでは市場が低迷するのも当たり前の事である。
生活空間に花を持ち込んで貰うにはどうするべきか?
生産者や販売店はもっと考える必要があるだろう。

それぞれの対応策は幾つかあるが、それをここに記すことはしない。
それはいつも言うように各自生産者や販売店の在り方によって変化するし、我々と理解を一つに
できる身近な関係者を利することは可能であっても、他者へのヒントにはならない。
また継続的に遂行しなければ、その場凌ぎで何とかなるものでもないだろう。



 
底の浅い植物の使い方
 
昔から感じているのは、この国の植物を利用した使い方や演出の貧しさがある。
安易に「ガーデニング」という言葉を使っているが、その定義からはほど遠い。
狭い意味での「ガーデニング」かもしれないが、広義の「ガーデニング」からはかけ離れている。
庭の演出をする、玄関を飾る、壁面を植物で演出するといった考え方はあまりないようだ。
底の浅い、単純にどこかに、或いは何かに植え込む程度のレベルでしかない。
これでは植物利用の進化、又は深化など考えられないと思う。
進化、或いは深化しないと言うことは底が浅いために飽きが来るのも早い。
英国のガーデナーの「ガーデニングは奥が深い、30年やってきてやっと少しばかり植物が解って
きたし、利用の仕方や演出が出来るようになった」と言う話を聞いたが、そこまで極めるかどうかは
別にしても、やはり日本のガーデニングには、何かにつけて底が浅く整合性が感じられない。

植物が好きな人の庭先や鉢植え、コンテナなどを見ても、単純に植え込みをしているだけ。
店先には1年草ばかりが目立ち、それ以外の植物が並んでいても販売店の人間がその価値や利
用方法を知らなかったり、提案できないのだからどうしようもない。
単純な植え込みやせいぜい寄せ植え程度のことでは利用の仕方そのものが浅すぎる。
寄せ植えといえば同じ花を幾つか植え込んで店頭に飾る程度のこと。
そんなことだから少しばかり珍しい植え込み方をした寄せ植えが珍しがられる。
何だか貧しい限りである。

そんな寄せ植えさえ提案や飾り付けをしていない店が多いのだからどうしようもない。
本当はそんな初歩のことで店が評価されるようでは先は知れている。
デザイン力や創造力を持ったガーデナーが育つような土壌がなければ、これからもこの業界の低
迷は続くだろう。

ガーデンデザインの本を読みながら、そんなことを感じている今日この頃である。
短い園芸シーズン

昨日のブログで気象に触れたが、暖冬の予想が寒くなることに変わった。

今週は寒いらしく雪がちらつくと言っている。
早くも日本海側や山沿いでは雪が降っているし、広島では都市高速道路が凍結して接触事故が
相次いだらしい。
それでも今月はイベントがあり、新年を迎える飾りなどが売れるので、少しは植物も動くだろう。
言わば最後の追い込みである。
いつも言うように「葉ボタン」しか売れないような店は将来は危ういが、多くの店がそれを一生懸命
売ろうとしているのだろう。
まぁ、冬の飾りとしては長くもつし葉を観賞するものだから都合が良い素材ではある。

それが終わると約2ヶ月は開店休業になる。
そこを何とかするのは至難の業だが、一人でも多くの人に買わなくても店に来店して貰えるように
ならなければ、オフシーズンは活きないだろう。
同時に来春のシーズンに向けての準備は始まっている。
このオフシーズンの過ごし方で春の実績が変わってくることを肝に銘じなければいけない。
良くも悪くも目に見える形で店に変化を与えると、必ず顧客動向が変わってくる。
いずれにしても「待ち」の姿勢では駄目ということが、次のシーズンで認識できればしめたもの。
店を開いている以上、例え一人であっても顧客として訪れてくれる人に店の変化を伝えることが
大切である。
「人の口に戸は立てられない」という言葉がある。
良いように考えればそれは口コミでじわじわと拡がっていくことに繋がる。
良い情報も悪い情報も顧客自身が発信するとき、少なくともマイナスイメージが定着するような噂
は避けなければいけない。

所詮定番の改良種が400円、500円もするようなものを店頭に並べて、たまたま売れたことに気
をよくして、そうした売り方で楽に稼げるなんて考えるようであれば、自らが顧客を絞り込むことに
なって、人の口は「あの店は高い」ということになってしまい、それが発信されることによる来店数
減少が日常化してくる。
それも店側が気付かないうちに人々に浸透していくから、それが店の実績として数字に表れたと
きには手の打ちようがないのである。
販売店のプライスゾーンは決定の仕方で顧客を選別することになる。
他店との差別化のためにあえてプライスゾーンを変えることは大切だが、それには自ずから価格
体系のリーズナブルなプライスラインというものがあり、それを超えてしまうと必ず顧客から敬遠
されていくことになる。

こういったことを含めて、シーズンの見直しや来る春に向けての修正を加えたり、店作りに叡智を
傾けなければいけない。
そろそろそういったことを意識しながら店に携わる時期に差し掛かってきた。
短くなったいるオンシーズンを少しでも長くするには、如何にオフシーズンに的を射た努力をする
かにかかっている。
 



情報社会における園芸の在り方

現在の消費社会ではいずれの業種も消費者の心を動かすために腐心している。
それに最も大きな変化をもたらしいてるのは情報と言えるかも知れない。
 
今の情報量は以前に比べて500倍と言われているようだ。
その大きな要因は誰もが簡単に情報を手に入れることが可能になったことがある。
特にネットの発達でPCや携帯端末から簡単に得られるようになった。
その代わり不必要な情報も大量に入ってくることもあって、取捨選択やセレクトするにも限界に達
していて、メールなどは件名を見ただけで内容を無視、そのまま破棄することも多い。
以前は一方的な情報として各種メディアを通した広告から情報を得ていた。
しかし、今ではツィッター、mixi、フェイスブックなど様々なものから情報が入ってくる。
さらにそれを元にしたコミュニケーションまで成立するようになった。
このような時代は明らかに消費者に価値選択の主導権があり、それを無視した商業活動は成立
仕辛くなっている。

同時に我々が碌を得ている園芸は、実にアナログの世界のものであり、日常でゆっくり経過する
時間をもとに植物に対しての価値を見いだして趣味の一つにしている人たちを対象にした商売で
あるが故に、必然的に年齢層も高くなっている。
ところが将来を考えた時、若い人を取り込んで需要を喚起するようにならなければ市場の拡大は
望めないし、今の停滞や減少に歯止めが効かなくなる。
ところが若い人たちの生活感はデジタル思考の中で日々のサイクルが成立している。
こうした人たちを取り込むにはこれまでのような業界の在り方では需要喚起はできないだろう。
ただ唯一の好条件としてはデジタルの世界に浸かっていると生活のゆとりや癒しと言った人間の
欲求が強くなり、そこに園芸が填ってくる。
しかし、園芸への誘導はアナログでは通じにくいし、時代性を無視したアピールや提案では消費
者の心は掴めない。
販売店にちゃんとしたテーマがあり、コンセプトも明確になった店作りでなければ顧客として取り
込めない。
これまでのような供給側からの勝手で都合の良い売り方や植物選択では、人々の心を掴むこと
は出来ないだろう。
消費者とフラットな関係で園芸を勧めていかなければ顧客心理は掴めないし、市場の創造は難
しいに違いない。
要するにこれまでの販売方法を根本から見直さなければ消費者の心は掴めなくなっている。
消費者へのアプローチは以前のように簡単ではない。

情報化社会での消費者との関係は、供給側の思い上がった提供方法では決して通じないとい
うことを踏まえて、これからの店作り、商材アイテム、提案を考えていかなければ、これまで以
上に園芸は人々から遠ざかってしまうに違いないだろう。



テーマを持つことの意味
 
顧客を取り込んで行く作業は、まずは販売店のコンセプトがはっきりしなくてはいけない。
自店はどういった特長を持っているのか、それ故にこういったお客さんに来て欲しいとか、他店とは
ここが違うのでそこを見て下さい、といったことが明確にならなければ注目してもらえない。
店のイメージがあり、それが的確に顧客に伝わるような店作りになっていなければ、顧客にとって
はどこで買っても同じなら、別段当該店に拘って店を訪ねる必要などないのである。
人々の口に乗るような店でなければ新規顧客も獲得できないだろう。
あらゆる商売は顧客イメージが出来あがった上で利用されている。
それは日用品でも買回品でも同じであり、人々はそれを元に使い分けをしている。
ということは自店の価値が人々にどんな風に捉えられているのか、認知して貰う為に店側がどれだけ日々の努力を重ねているかである。
当然、他店との差別化が出来ていなければ注目されることはないだろうし、人々の口にも上らない。

そうしたことを把握するには自分が衣服を買ったり、食事をしたり、食品を買ったりする基準はどこ
にあるのかを思い返してみればよく分かるはず。
人々が購入する花苗にしても選択の基準は変わらないのである。
総ての顧客を取り込めれば一番良いだろうが、そんな都合の良い話などあり得ない。
個性を発揮するには、自ずから店の方向性や顧客アピールを、何を基準に把握しようとしているか
にかかっていると言っても過言ではない。

そんな人々の価値観に合わせて、思い入れを持って貰えるような店作りや展開を考えていくのが
販売店の為すべきことだと思っている。
あるTV番組を見ていると豊後高田市の商店街についての話題を取りあげていた。
昨今の商店街と言えば多くの店のシャッターが降り、閑散とした人通りのイメージがある。
全国各地で商店街の地盤沈下が叫ばれ、何とか人通りを取り戻そうともがいている。
しかし多くの場合、活性化できないままに厳しさを増している。
そんな中で豊後高田の商店街は年間30万人の観光客が訪れているという。
周辺をみてもそれほど有名な観光地があるわけでもないのに、なぜそれだけの集客ができたのか?
勿論、それには理由がある。
地盤沈下する商店街を何とか復活出来ないだろうかと立ち上がったのが、地元商工会議所の若い
人たちだった。
商店街の建物をみると、そこには昭和の香りのする建築物で溢れていることを知った。
それなら商店街全体を「昭和レトロ」をコンセプトに作り替えればよい、考えたそうだ。
そうしてそれぞれの建物を化粧直しして、街灯も昭和の趣のあるものに変えた。
そして訪れた人がタイムマシーンで過去に帰ったように錯覚する街並みを作ったのである。
その結果、人々の評判になり観光客が増えていったという。
こうした実践を見ても解るように、創り上げたものに明確なアピールがあれば人々は集まってくる、
ということである。
東京・巣鴨の地蔵通り商店街にしてもそうである。
人々が集まる装置が商店街に出来上がっていれば、人は集まってくる。

一軒の販売店にしてもなにがしかの特徴を持てば購買客を掴めるのである。
こうした発想がなければ、単に植物を並べて売っているだけでは人は集まってこない。

値頃感
 
ネットに女性衣料品販売の「しまむら」の話が載っていた。

「しまむら」と言えば安価、一点ものということで支持を受けている衣料品店である。
店は約4~5万アイテムの品揃えだそうだ。
一点ものという心配りは、同じ衣服を他の誰かが着ているという面白くない現象を避ける為である。
こうなると商品管理は大変で、配送センターを含めた情報の一元化が必要になる。
それは「しまむら」が積み上げてきたノウハウだろうから、こちらが察することでもない。
感心するのは販売姿勢であり、その神髄は「小売店に徹する」ということ。
商品を自社開発しない理由はコスト削減により販売価格を上げないことだという。
こうした一つ一つの積み重ねが「しまむら」への支持になっているのだろう。
何か一つで繁盛店になることは、今の時代には難しい。
価値観が多様化し、それぞれに個性を持つ顧客に対して何か一つで激変すると言った商材など、
まずないだろう。
商品力、販売値、店作り、接客、店舗企画、レイアウト、品揃えなどあらゆることに気配りして実現
可能になると同時に、売上や支持となって現れる。
マネジメント担当の人の話では「ただひたすら安価にしているわけではない」という。
要するに品物とその値頃感を大切に価格を設定しているのだ。
そうしてはじめて店というのは小売業として成立することになる。

少し前に最近の高価格帯定番種の花苗販売に異議を唱えたのもこうした事情がある。
常に言ってきた「適正価格」ということだ。
そのあたりのことを販売店は真剣に考えて植物を仕入れ販売することが重要である。
70~80円のパンジー、ビオラがあり、一方で400円、500円するパンジー、ビオラがある。
同一店舗でこの値付けは一歩間違うと共に売れなくなる危険性がある。
それも定番の市場性が明らかに弱くなっているパンジー、ビオラにどれだけの差をつけるのか、と
言う話である。
店には地域や品揃えによって適正価格があり、それを外すと売れなくなる可能性がある。
そんな初歩の理屈もわかっていない販売店が多々ある。
対比して植物の善し悪しでの差であれば、考え方としてあるだろうが、珍しいから高くすると言う考
え方はあまり感心しない。
仕入価格が違うからある程度の高単価は仕方ない場合もあるが、所詮「パンジー、ビオラ」といっ
た視点から考えると、その付加価値を感じられない顧客には「高い」といったイメージしか残らない
ことになり、店自体の顧客イメージが悪くなって来客数の減少や消費者から植物を遠ざけてしまう
ことに繋がっていく。
店舗ブランドを確立している場合は高くても売れるだろうが、そこに至るまでには相応の顧客イメー
ジがなければ無理な話である。
いずれにしても自店から顧客を遠ざける可能性を秘めたプライスラインの設定は注意しなければ
いけないだろう。
供給側の事情は顧客には関係ないし、通じないのが価格だから、プライスゾーンの設定は慎重に
ならなければいけないと思う。

特に定番種の高価格路線は将来に向けて顧客を間違いなく遠ざけてしまうだろう。
故にプラグ供給の定番種の価格には注意が必要になる。
「しまむら」の価格政策を見てもリーズナブルであることが、如何に重要かを示している。



昨日に続き園芸教室
 
朝から本格的な雨、それも本降りである。

今日も寄せ植え教室開催。
市内の最も西にある区民センター、車で市の中心部を抜けて40分程度かかる。
新興団地がたくさんあり、完全なベッドタウンなので教室をするには適した場所だ。
子供さん連れで来た人もいたので、せっかくだから一緒に作って貰った。



なかなか風情のある区民センターで、初めて来た。
この区民センターは私が専門商社で働いていた頃、会社が所有していた場所に建っている。
土曜日と言うこともあり、多くのイベントが催されていた。
そのイベントの一つとして細々と教室を開いたというわけである。
近くには植物公園があり、この植物公園には種子を寄付したこともある。
話に寄れば、ここでも寄せ植え教室をやっているそうだから入り込んでみようかな、と思って
いるが、今はどうでもいいような販売店が教室を開いているらしい。



昨日、今日と作ったのは下の画像の寄せ植え。
本当は高さのある葉ものを使いたかったのだが、ある生産者に植物を依頼しようと思って連絡
をしたら、来春にむけて刈り込んだ後だったので、今回は使えなかった。



思った以上に鉢が大きかったので9種類の草花を使用したが、少しばかり隙間ができた。
使ったのはストック、ノースポール、プリムラ、ビオラ、ヘデラ(又はワイヤープランツ)、バコパ
の原種、モクビャッコウ、カレックス、ブロンズドラゴンである。
いずれも取引先から苗を送って貰ったものを使用した。

今回来ていただいた人から次回開催の要望もあり、次は来春に予定している。
準備は大変だが、喜んで貰えるのは嬉しい。


園芸教室

 ほぼ半年ぶりの寄せ植え教室を開催。

この会場での教室は2回目で、前回より3人ほど増えた。
余り多いのもやりにくいが、もう少し増えてくれるとありがたいのだが・・・
一応季節の変わり目に予定しているが、準備が大変だから決して楽ではない。
しかし、一人でも多くの人が興味を持ってくれることを願ってやっている。
昨日もある生産者と話して参考になったのは、無料で開催したらどうだろうということがあった。
それも一つのアイデアかな、と思っている。
そこで利益を上げようと思っているわけではないので、それも「有り」かなと思う。
今回も実費での開催で実質赤字だが、少しでも興味を持ってくれる人が増えればそれでよい。



もう一つ、願わくば若い人の参加を望んでいる。
いずれにしても2回目だから、これからということで継続することが大切だ。
明日は別の区民センターで行う。



花好きな人

本当に花が好きな人がいるものである。

私どもの会社は平均して2回に1回程度BISESに広告を載せているが、それを見て問い合わせの
電話が時々あって、今日も一般の人から連絡があった。
この15日発売のBISESにも広告を載せるが、9月発売号にも掲載していて、その時は山口にある
専門店の紹介を載せた。
それをご覧になった人が紹介した販売店ではなく私どもを訪ねて来られようとしたようだった。
お住まいの場所が岩国だったこともあって、紹介した販売店のある防府より広島に来る方が近い
と思われたようで、わざわざ近くまで来て電話をしてこられたのである。

話を聞いてみると、どんな花があるのかどうしてもきてみたいと思われたようで、一般道を利用され
たのであれば2時間以上はかかる。
そうまでして興味を持ってもらったのはありがたいことだが、一般小売りをしているわけではないの
でどうにも出来なくて申し訳ないかぎりだった。
当社は技術の優れた生産者の植物を販売店に納品していること、本業は生産者向けの種苗販売
であること、そして生産者や販売店をサポートする会社であることを説明して、ぜひ一度防府の店
に出かけてみて下さい、といった話をしたのである。
出かけられたら私どもの会社の名前を言って貰えばすぐにわかるはずであり、私どもが関わって
いる生産者の植物がたくさんあるので・・・というような話をしたのである。
おそらく近々防府の店を訪ねられると思う。

BISESには当社が一般小売りをしていると記しているわけではないが、勘違いされたのだろう。
それにしてもそこまで興味をもってもらったことは、さすが専門誌の読者という思いである。
一人でも二人でも販売店に足を向けてもらいたいと考えて販売店を紹介しているのだが、少なか
らず反応があることは間違いないようだ。
これまでにも何度か問い合わせがあって、その都度販売店を紹介している。
BISESはバラとガーデニングの専門誌だが、特に宿根系の品種を載せていることもあって、本当
に花が好きな人の読者が多いようである。
これまで問い合わせをしてこられた人は、明らかに定番種などほとんど興味を示されない。
遠くは青森から問い合わせを貰ったが、さすがに当社と関係のある販売店はないので、いずれ
通販を利用して貰えるようにしますので、と言う話をして了解してもらったこともある。

広告というのは効果を図りにくいが、それなりの効用はあることは否定できない。
もっとも費用対効果という面でどうなのかは何とも言えないが・・・・?
因みに今月発売のBISESには九州の販売店を載せることにしている。



 
読みづらい購買動向
 
秋は春に比べて販売する植物アイテムが少ない。

バカの一つ覚えみたいに「パンジー」「ビオラ」、そしてガーデンシクラメンに葉ボタン・・・・
売るモノが少ないということは、顧客が飽きたら終わりということ。
くれぐれも飽きないことを祈りたいが、実際にはもう十分飽きられている。
今年のようにいつまでも暑さが続くと植え替えるタイミングがずれて、気がつくと寒くなってしまい、
さらに売れなかったということになりかねない。
この業界で良く聞く話に「まだ植え替えるには○○の植物が残っていて・・・」というのがある。
確かにまだ元気に咲いている植物を破棄したり、抜いて植え替えるには忍びない。
だからといって売れないと困るのだから、植え替え需要を待って売ろうとする発想はやめた方が
良いと思う。
どんな季節にも常に植物と向かい合って生活に浸透する在り方を考えなくてはいけないだろう。

この時期になると相変わらず店頭には「パンジー」「ビオラ」が並んで飽きない方がおかしい。
そして生産者も作るモノがないから、ひたすらパンジー、ビオラを生産するしかない。
その挙げ句に店頭に「北広島産パンジー」とかいう普通の種子系の花の付かない苗が並び、花
付き苗に慣れた顧客に買って貰おうとする苦肉の策の産物が生まれている。
誰が企画したのか知らないが、HCの店頭に並んでいた苗が、きれいさっぱりと無くなっていた。
とても売れたとは思えないが、どうなったのだろう?
何でもやらないよりはやってみた方が良いだろうが、この程度のことで購買力のてこ入れや活性
化など出来はしない。
それでも何とかしなければという思いが伝わるようで、行き詰まっているのが判る気がする。
苗供給の在り方としては間違ってはいないが、花付きに慣れ、これまでメーカー苗以外に定番種
が花のつかない苗で店頭を飾ることなど考えられないことだった。
これが市場の認知度からそろそろ花の付かない苗供給でも購買力は落ちないだろう、という発展
的な状況の下に生まれた出荷方法なら疑問を挟む余地はないが、どうみても供給側の事情から
苦し紛れの策として突然行われたとしか思えないのが辛いところである。
花付き苗を出荷してもセリにかかればコスト分も出ないという悪循環の続く業界は、まるで我慢
比べをしているような感じである。

生産者のパターンは早期の出荷から二作目三作目と追いかけていくのだが、今年は早期出荷分
が出遅れていたようである。
暑さの影響もあるだろうが、それだけが原因とは思えない。
販売店の動きは二極化しているのはその通りだが、売上の数字を追いかけて感じるのは、考え
ているような動きをしてくれない。
毎年のように数字の動きをみていくと、ある程度動きにはパターンがあり、それが大きく外れるこ
とは余りないのだが、昨今は読めないことも多くなってきた。
傾向は分析できてもパターンが読みづらくなっているのである。
読みづらい原因はもっぱら流通段階の変化が大きく影響しているのと、購買レベルでは顧客数
の減少が読みづらくしているのだろうという気がする。

いずれにしても購買力の低下が招いている現象であり、そこの問題が解決されない限り、下げ
止まらないということだろう。